私が生まれた日、両親が下した決断
記事内に商品プロモーションを含む場合があります
私が大人になって聞いた話です。
私が生まれた時、病院の先生から両親に伝えられたのは、病名が分からないため、生きるか死ぬかもはっきりしないと言われました。
診断結果を聞く日。
母は、結果を聞くことが怖くて、先生のところへ行けなかったそうです。
代わりに父が、一人で聞きに行きました。生きられる病名でした。
生きられると聞いて安心しましたが、母は自分を責めていました。「ちゃんと産んであげられなくてごめんね」と。
私が病気と生き始めた日と同じ日に、大きな不安と共に両親もこの病気と生き始めたんだと思います。
そして、その後、妹を産むことを考えた時にも、母には大きな葛藤があったそうです。
「もし病気があったとしても、私は育てる」
という覚悟を持って、妹を産むことを決めたと聞きました。両親もずっと、悩んで、迷って、心配して、決断をしてきたのだと思います。
今の私は、妹とくだらないことで笑ったり、無茶振りされたり、ブログを始めるきっかけまで作られたりしています。笑
生きられるかどうかも分からなかった私が、今こうしてアホなことして悩んで、ふざけて、毎日を過ごしている。それだけでも、あの頃の両親からしたら奇跡みたいな未来なのかもしれません。だから私は、一日を大切に自分らしく歩みたいと思います。
